Case Study|長距離|Long Range| 信頼性|Reliability
今回、構造計画研究所の西浦升人氏にお話を伺い、Long Range (長距離) 機能を活用したBluetoothのデータ転送ソリューションがどのように市場課題を解決しているのかをお聞きしました。また、あらゆる無線技術のデータ転送において無線接続の信頼性や干渉の低減は大きな課題となっていますが、Bluetoothがいかに信頼性を向上しているのかについてもお話しいただきました。
「適応型周波数ホッピングやメッセージ完全性コード(MIC)など、信頼性を高めるうえでも消費電力を犠牲にしない技術を用いている点が特徴的だと思います。」
西浦升人氏とのQ&A
Q長距離通信ソリューションの開発にBluetooth技術をどのように活用していますか。
災害発生時における自治体-住民間および地域住民間の情報共有手段として、携帯電話網やインターネット回線が途絶した状態でも使える手段が世の中で求められています。そのような状況への備えとして専用の通信機器を用意するのではなく、日常的に使用しているスマホやタブレットをそのまま使って情報共有できる環境作りに取り組んでいきたいと考えています。
弊社では、スマートフォン間のすれ違い通信を連鎖させて情報を伝達するスマホdeリレーⓇというソフトウェアライブラリを開発しております。また、スマホdeリレーⓇを活用した通信途絶時情報伝達ソリューションの開発も行っております。すれ違い通信の実現にBluetooth® Low Energy (以下、Bluetooth LE)を使用しており、Long Range機能については現在性能検証を行っている段階です。
2012年より東北大学とともに技術開発を行い、2017年より同技術の活用を開始しましたが、初期の技術開発段階では動作対象機器はAndroidスマートフォン/タブレットのみでした。しかし2017年にiPhone/iPadも動作対象機器のラインナップに加えたことで、一般スマートフォン向けのソリューションとして提供開始できるようになりました。
Q Bluetooth LEは貴社の長距離通信ソリューションをどのようにサポートしていますか。
Wi-FiやBluetooth Classicを用いていた際にはバッテリ消費量が大きな課題になっていましたが、Bluetooth LEを採用したことでそれが改善されました。またBluetoothの以前のバージョンの場合、スマホ間1ホップの通信距離が見通し環境で最大70mでした。この通信距離を実際の街中で当てはめてみると、屋外であれば相手を目視できる範囲、屋内であれば条件が良くて隣家や隣接ビルが限界であるため、利用シーンが非常に限られてしまいます。
しかしBluetoothのLong Range機能の採用で通信可能距離が伸びたことで利用シーンの拡大に大きな期待を持つことができます。BluetoothのLong Range機能対応のスマートフォンであれば200m程度での通信も可能であり、現時点では最大320mでの通信実績が確認できております。
Q Bluetooth技術を導入した理由についてお聞かせください。
すれ違い通信の実現手段として、研究開発の最初期はWi-Fi アドホックモードを採用していましたが、これを実現するためにはスマートフォンOS自体に手を加える必要がありました。そのため商用アプリとしての展開が困難であり、次の段階としてWi-Fi directを採用しました。しかしiPhone/iPadでは使用できないという問題があり、ここでも商用アプリとしての展開が困難という課題が残りました。そこでAndroid端末とiPhone/iPadの混在環境でも相互接続が可能であるBluetoothを採用しました。さらに災害時に使われるアプリとして展開する上ではバッテリ消費量も課題となるため、Bluetooth ClassicからBluetooth LEに切り替え現在に至っています。
Q その他実証事例や社会実装に向けた取り組みについてご共有頂けますでしょうか。
2019年に高知県南国市および宮崎県日向市で実証を行いました。また、今年から北海道大樹町、茨城県かすみがうら市、千葉県成田市、千葉県南房総市など24自治体にて実証・調査のため導入が開始します。
Bluetooth LEによるすれ違い通信を行うスマホdeリレーⓇを組み込んだソリューションとしては、高知市で運用頂いている高知市津波SOSアプリがあります。こちらは高知市が市民向けサービスとして展開しているアプリであり、津波などの大規模水害発生時に高台やビルに垂直避難した市民が災害対策本部にSOSを発信する手段の一つとして展開されています。このアプリは、携帯電話網やインターネットがつながる場合はそれらの回線を使って災害対策本部のサーバにSOSを届けますが、これらの通信網が途絶した場合にはビルなどに避難した市民やボートに乗った救助活動者のスマホ同士がBluetooth LEを用い自動的にすれ違い通信を行うようになっており、通信途絶状況下でも市内の孤立避難者のSOS情報が災害対策本部に届く仕組みになっています。
他の例を二つ挙げますと、一つは内閣府SIP第2期「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」ならびに内閣府「衛星安否確認サービス(Q-ANPI)の防災機能拡張に伴う実証・調査事業」において、凖天頂衛星「みちびき」が提供する安否確認システム「Q-ANPI」とスマホdeリレーⓇを連携した地域情報収集ソリューションの実証に取り組んでいます。こちらは、みちびき衛星(3号機)と通信を行うQ-ANPI端末を指定避難所などに配備して地域情報集約拠点化し、その拠点の周辺地域一帯の被災者情報や被災状況を住民協力のもとスマホdeリレーⓇを介して面的に収集し、拠点から情報を一括発信するソリューションになります。
さらに、テレビ地上デジタル放送波とスマホdeリレーⓇを連携した地域情報配信ソリューションの社会実装に向けた取り組みも進めています。こちらは、株式会社アトラクター様が展開するテレビ地上デジタル放送波を使ったデータ配信ソリューション「ナローキャスト放送」とスマホdeリレーⓇを連携するものであり、Q-ANPIとの連携とは逆方向のデータの流れを通信途絶地域で実現するものになります。
弊社では、今後もこれら2つの取り組みのように、携帯電話網やインターネットが途絶した状況下でも、一般の人々が日常使い慣れたスマホを使って情報発信ならびに情報取得ができるような社会の構築に向けた取り組みを進めていきたいと思っています。
Q Bluetoothの活用は通信の信頼性における要件を満たしていますか。
災害発生時の利用を想定しているので、まず、数日間通信装置としての稼働が見込めることが必須要件となります。通信が途絶している地域は電力供給も途絶えている確率が高いため、スマートフォンの内臓バッテリを1日で消費してしまうようでは使い物になりません。Wi-FiやBluetooth Classicを採用していた時点では克服するのが困難な要件でしたが、Bluetooth LEの採用により大幅な消費電力の低減を図ることができました。現在、机上の試算では10日間程度の稼働が見込めるようになっています。
また、Wi-Fiアクセスポイントや電子レンジなど2.4GHz帯における干渉源が多い場所でもスマートフォン間の通信が確保できることも要件になります。Bluetoothは適応型の周波数ホッピングにより2.4GHz帯の一部が混雑していたとしても自動的に混雑していないチャネルを検出して使用してくれるため、比較的容易に2.4GHz帯における通信確保が実現できています。
さらに災害発生時にやりとりされる情報は命にも関わる緊迫したものであることが多いため、データの盗聴・改ざんの防止も大切な要件です。現時点では本システム内で独自に暗号化を行っていますが、データの盗聴・改ざん防止を実現する上ではBluetoothの暗号化・メッセージ完全性コード(MIC)の仕組みも役立つと考えられます。
つまるところ、Bluetooth技術は、低消費電力、コリジョン回避、盗聴・改ざん防止という面で、機能的な信頼性のみならず運用上の信頼性も含めた総合的なシステムの信頼性を高めるのに役立っています。